桜日和
〜パレードが始まる前に 後日談
3
『明日、昼から港の高台公園にいる。』
武装探偵社の執務室、壁にかかった大きめで見やすい時計を、
今朝からずっと、それこそ10分と経たぬ間隔でちらちらと見上げ続けている顔があって。
不真面目なわけでも こらえ性がないわけでもない、
今も自分が担当した案件の報告書をPCで製作中で。
手はちゃんと動いているのだが、キーボードにない文字でも探しているのか
はたまた変換が判らない打ち方のヒントでも掲げられているものか、
ちらちらと頭上を見上げる幼いお顔の落ち着きのなさが、
谷崎や与謝野、はたまた他の事務員たちには何とも微笑ましく映る。
何か約束でもあるのかな?
もしかしてデートとか
え? 敦くんGFがいるの?
時折もじもじと含羞みつつ口許を噛みしめる態度まで混ざるのだ、
どう考えたってそんな理由だろうという そわそわが見て取れて。
そんな罪のないささやきが こそこそと飛び交うのを掻き分けて、
当人のデスクへと近づいたのが、
「やあ、おはよう敦くん。」
「あっ、えっとえと、お・おはようございますっ。」
おはようが聞いて呆れる、随分と遅刻してきた太宰治で。
国木田にすぐさま取っ捕まり、
終盤に不審な動きをしていた格好となっていた
敦と出向いた 先の案件への説明をと社長室で絞られていたらしいが、
出社した途端という“事情聴取”が挟まっても飄々としているところは常と変わらぬ。
さすがは先輩で肝が据わっておいでなのだろう。
となると、僕は挙動不審なことを注意されるのかしらと、
多少は自覚があったらしい少年が、肩を震わせ あわわと手をばたつかせれば、
「時計が気になるみたいだね。」
後輩くんたら可愛いなァという和みを一杯抱えた朗らかな微笑み付きで優しく聞かれ、
周囲が あらまあ直接訊きますかとコッソリ沸いた。
「えっと…。」
隠しきれてない怪しい挙動を指摘された側は、
結構な自覚があったか赤くなって頭に手をやる。
仕事に集中してないなんていけないと、重々判っているのだけれど。
だって今朝は時間が経つのが何とも遅い。
『どこに居るか、ヒント無しで探し当ててみな。まずはそこからだな。』
『…判りました。探し出せたら会ってくれるんですね。』
『ま・そういうことだな。』
軍警からの依頼だった仕事、
港祭りの雑踏に影響が出ぬよう、不審な気配をなるだけ浚っておく必要があって、
廃棄コンテナの集積地界隈という、場末の地への聞き込みを担当した敦は、だが、
そこで思わぬ企みに巻き込まれてしまい。
怪しい気配の跳梁は、ポートマフィアの鼻を明かそうというものかと懸念され、
組織から派遣されていた幹部、中原中也と出会う運びとなり。
祭り当日、そんな場末に居た敦自身をこそ狙った凶弾へ、
楯となって異能を発揮してくれたが、不意を突かれる格好で倒れてしまった彼であり。
最終日こそ随分な波乱にもみくちゃにされたが、
そこへ至るまでの数日にて 幹部殿の性格や人性に惹かれてしまった敦くん。
面倒見がよく見えたのも任務だったからこその猫かぶりだと、
本性は冷酷な人殺しなんだぞと振り払われても引かず、
それしか持たぬ頑張りで真摯に食い下がった結果、
今日の午後、隠れんぼのような仕儀をクリア出来たら
とりあえず逢ってやるとの約束を取り付けられたものだから。
早く時間にならないかなぁ
半日だけのお休み、取れてよかったけど、
何か起きたら応援に呼ばれかねないんだよね。
明日なら何が起きても構わない、
今日だけは何にも起きませんように。
せめて起きないうちにお昼になりますように、と
朝からずっと同じことばかりをぐるぐると思ってたし、
何度見たって変わらないって判っているのに、やたらと時計が気になって目が行くのだ。
「すみません。なんだか落ち着けなくて。」
未成年でも新入社員でも社会人には違いない。
国木田さんも言ってたように、
社の一隅として恥ずかしくない態度で居なけりゃいけないのに、と。
既に自身で反省しておれば、
「いいよいいよ、よくあることだ、うんうん。」
微笑ましいなぁとにこやかに笑った美貌の先輩、
よしっと大きく頷くと
いつものいでたち、砂色の外套の袖をまくり上げ、
包帯が肘の先まで巻かれた腕を力ませて、
「私も一肌脱ごうじゃないか。
いますぐ壁から下ろしてあげるから思う存分眺めたまえ。
谷崎くん、脚立をこれへ。」
「……太宰さん、
敦くんは時計そのものが気になってたわけじゃあないと思うのですが。」
あああ、やっぱりかと、
いつもの “オチつき”っぷりへ皆様全員が脱力したところ、
それに合わせたかデスクの上の電話が鳴った。
乾いた笑みを張り付けたまま、受話器を手にした谷崎が、だが、
ハッとすると表情を引き締める。
「軍警察に応援に行かれていた乱歩さんからです。
宝石窃盗犯のアジトが判った、この近くだ、応援を請う、だそうです。」
◇◇
東京の大きな百貨店で催されていた宝飾展から
某王室所蔵の王冠やら純金の錫杖やらがごっそり盗み出されたという事件が先月あって。
その折に盗み出された宝石の一部が、此処ヨコハマの故買屋につい先日出回った。
欧州で名を馳せていた窃盗団が犯行声明を出していたし、
国際手配されていた関係者の指紋も出たので、
てっきりとっくに海外へ脱出したのだと思われていたところへのそんな急報。
一味のアジトや足取りを推理してほしいと依頼された、
我が武装探偵社の誇る、いやさ世界の至宝たる名探偵様は、
故買屋で発見されたという盗難品や、
至急東京の関係筋から送らせた資料の束をパラパラと斜め読みした末に、
「アジトはウチの事務所のご近所だね。
でも、これって……。」
ちょっと引っ掛かることでもあるものか、
猫のような双眸をう〜むといぶかしげに眇めた乱歩さんだったそうで。
微に入り細に入りという説明は面倒だったか、
アジトがあるというビル前まで駆けつけた探偵社の顔ぶれの中、
太宰をこいこいと手招きして呼ぶと、何かしら二言三言告げ。
「此処には二人。
真贋の証明は超音波のアプリとやらで出来るらしい。」
「成程。」
そんな短い説明で意が通じたか、後はお任せをとニコリ笑った知恵者さん、
敦と賢治をやはり手招きで呼ぶと段取りを打ち合わせ、
自身は問題のビルへと鼻歌混じりに入っていく。
階層ごとに違うテナントや事務所が入り、
その各々の入り口を細い階段が連ねている格好の、
所謂 雑居ビルという手合いらしいが、
コツコツという太宰の響かせる靴音以外は何も聞こえず。
物音どころか人の気配もまるきりない様子で、
上へ上へと延びる階段室も十分な採光があるのに何だか煤けた印象が拭えない。
そんな階段を上り詰めた最上階のドアが、近づくすんででバタンと思いきり開け放たれて、
「チッ、もう嗅ぎつけやがったかっ。」
飛び出しかけていた男ら二人がこちらを見て息を飲んだが、それも刹那の戸惑い。
血気盛んな若いのだけに、反射も良ければ破れかぶれもお得意か、
片やが本体を抱え込んでた合皮のボストンバッグを更にぎゅうと抱え込み、
もう一人は間近まで駆け上がって来る太宰を睨みつけると、
ジャンパーの懐から飛び出しナイフを掴みだす。
「近寄るんじゃねぇよっ。」
「兄貴っ。」
鞄を抱えていた方が先にその身をひるがえし、
廊下の先、屋上に出る扉だろう鋼鉄のドアへと駆けだした。
兄貴と呼ばれた相棒がそれを守るように廊下を塞ぎ、ナイフをかざして太宰と相対していたが、
背後で重々しい音がして風が吹き込む気配がすると、
「これでも食らってなっ。」
懐に再び手を入れて、小ぶりな鉄球を掴みだす。
頂点にピンの付いたコックが特徴的な、それは手榴弾であるらしく、
「な…。」
こんな狭い場所で放るなんて、
自分も巻き込まれかねない自殺行為だとまずは驚いたが、
どがんっと大きな音を立て、周辺へもびりびりという衝撃波を放ったものの、
「…煙幕、か。」
結果を待つ前、その型を見た瞬間に、
殺傷能力は低い“スタングレネード”と呼ばれる手合い、
爆音や閃光を放って周囲の兵たちの聴力や視力を奪う形式のそれだと判り、
口許を覆うと念のため、目許へ腕を伏せる格好で閃光にも備えた。
外からの風で煙幕は役を為さず、階段室自体が明るかったため閃光もすぐさま掻き消えて。
あまり有効な使いようではなかったが、
ただ、ほんの何拍か程度のそれとはいえ時間を与えてしまい、手が届いたはずな距離を空けられている。
しょうがないなぁと言いたげな、やれやれというため息を一つつくと、
太宰もまたその後を追い、屋上へと出ることにして。
「野郎っ。」
階段室のすぐ外は、コンクリートが打ちっぱなしの何もない空間。
低い位置のところどころに配管が走っているが、壁に沿っているのでさほど邪魔にはならず。
そんな開けた風景に一瞬気を取られたのが幻惑代わり、
出てすぐ振り下ろされた鉄パイプに、はっとすると瞬発よく外へと大きく飛び出す。
間合いを大きく避けて掻いくぐれたものの、
「こんのぉ!」
それも織り込み済みだったか、もう一人の男が続けざまに繰り出したナイフの切っ先が、
これは顔近くの宙を薙いだが、
まだ空間が僅かほどあったうち、腕を立てて握りの部分を受け止め、叩き払う。
相手もプロの殺し屋でなし、
大したスピードではないと踏んだ太宰には難なく避けられた間合いだったようで。
足元まである砂色の外套は、
風と彼自身の切れのある動きになびいて軍旗のように大きくひるがえり、
「ちっ。」
後背から襲い掛かった兄貴分の鼻先で、鮮やかなまでに幻惑の役を果たしており。
一瞬怯んだがそれでもと、鉄パイプを振り上げたのをひょいと躱せば、
そんな自分の傍らを、ナイフを取り落とした弟分が駆け抜けて。
何のことはない一旦出て来た屋上への扉へ戻る彼らで、
そのまま飛び込み施錠すれば、こののっぽの追っ手だけは封じられると踏んだらしかったが、
「いいのかな、そのまま逃げちゃって。」
そんな行動を先読みし、駆け抜けんとした方の男の抱えるバッグを指差すと、
「キミらが持ち出したいって抱えてる宝石、果たして本物なのかなぁ。」
よく通る声で、滑舌もくっきりと。
太宰がそんな呼びかけをしたものだから、
え?と一瞬、バッグ担当の男の足が止まる。
「馬鹿、そんなのに引っ掛かるな。」
なりふり構わねぇ ただの引っ掻けだと、兄貴分ががなったものの、
鞄男が恐る恐る振り向いた先、
特に掴みかかるような構えも取らないで立っている外套の男がその手へ、
Vサインの狭まったのをして見せたのへ、
「あっ」と
それは驚いて目を見張った。
品のいい所作でたおやかに伸ばされた指先へ、手品のように挟まれていたのは、
細長いカットを施された真っ赤なルビー。
結構な大きさで、空から降りそそぐ春の陽光を受けて煌めく様は
宝玉の覇者と冠されても不遜ではないほどの貫禄があり、
「ま、まさかっ。」
同じ方を見やった兄貴分の方も慌てたようで、鞄男の背中をどやす。
中へと手を入れまさぐって、ビロウドの小袋を掴みだした彼らは、中を確かめホッとしたようだったが、
「それが本物かどうか、確かめてあげようか?私が。」
「何を…。」
まだふざけたこと言ってやがるかと噛みつきかかった兄貴分の声を遮り、
太宰が外套の懐から掴みだしたのは携帯電話。
小さなタブレットタイプの、いわゆる“スマートフォン”というもので、
やはり顔の間近にかざして見せると、登録してあったらしいアプリを呼び出し、それをクリックした途端、
ぱぱぱぱぱぱんっ、と
彼らが立つ階段室の壁の上部
明かり取りにと設置されてあった細い天窓ガラスが一斉に弾け、
うわっと慄いた男らの手元でも、宝石用の小袋が生き物でも入っていたかのように大きく撥ねた。
「まさか…。」
中をもう一度覗き込んだ男の目が、飛び出しそうにひん剥かれ、
大切な代物なはずの袋ごと、足元へ取り落とす始末。
砕けた窓ガラスと同じように中身が粉々に粉砕されていたからで、
「特殊な超音波を再生できる研究用のアプリでね。
貴硬石や余程に頑丈なガラスでない限り、今見たように粉砕できる優れモノなんだ。」
ちなみに、さっきすれ違った折、私が袋ごとすり替えといたんだけどもねと、
もう一方の手から、やはりビロウドの宝石入れを下げて見せ。
ふふーと笑った太宰が再び、こちらは無事なままの指先の宝石をかざして見せて。
「キミらとしては、単なるルビーじゃなく“これ”を持ち出さないと不味いんじゃないのかな?」
「…。」
だってねぇと、世間話でもするように続けたのが、
「これって宝石としても高価だけれど、それ以外の使い道もあるのでしょう?
例えば、ある波長の光を当てると、特殊な波長の振動を持つ光に変換できるとか。」
「う…。」
それが何かおっかない装置の起動や緊急停止に使えるとかいったら、
下手すると国家機密クラスの一大事だもんねぇ、と。
他人ごとのように続けたところ、
「てめぇ…っ。」
ひゅんっと飛んできた切っ先は、ナイフのそれではなく、
鞄男の手の側線に煌めいた刃の生んだそれ。
背後に立っていた兄貴分の方も、
彼の方は指が1本長々と伸びて鉄色の鋼と化しており、
「そっか、キミら、そういう異能も持ってたんだ。」
普通一般人ですと振る舞い、本当の土壇場で繰り出して窮地をしのぐ。
作戦としては悪くないし、
逃げればいいじゃ済まなくなったんだもの、これ以上の窮地はないよね、と
やはりやはりどこか他人事のように口にして。
ぶんぶんとしゃにむに振り回される、結構鋭いのだろう刃と、
それへのコンビネーションも素晴らしい、釘のような鋼の突き攻撃を
視線から逃しては厄介だと思うのか、
正面にて受けの躱しのと対処しつつ、徐々に立ち位置が背後へと下がってゆく。
手摺代わりの柵もない屋上スペースはすぐにも足場が尽きて、
そのまま下がり続ければ転落しかねぬ窮状だったが……
「降参降参。」
ひょいと両手を上げて見せた太宰の、
役者のような美麗なお顔も
まだまだ余裕のある鷹揚な態度も、
いいように振り回された窃盗団兄弟には腹に据えかねたのか、
「いいや、お前は許さねぇ。」
「突き落としてから石を拾いに行ってやる。」
そんな逃げ口上など聞いてやらんと勢いづいたまま、
凶器を腹の高さに固定し、二人がかりで突っ込んで来た…のを、
「はい、行ってらっしゃい」
ぽんっと双方の肩を叩くことで受け止めた途端、
自慢の秘密兵器だった刃物がしゅわんと空気に溶けたように消え失せて。
そのまま3人もろともに、
窃盗犯兄弟には正面の、太宰にとっては背後へと開いた空間へ
もつれるように倒れ込む
……かに見えたのだが。
屋上スペースを取り巻く格好、少し幅を取って設けられていた端の部分に、
靴のかかとを強く打ち付ければ、そこから鉤が飛び出して。
縁の建材のちょうど角へとはまって、
雪山登攀に使うアイゼンのようにがっつりと食いんだため。
そんな用意のあった太宰だけは、墜落を免れてのビルの縁から宙づりとなり。
「わぁぁああぁぁ…っ。」×2
後のふたりはあえなく墜落、悲惨な死亡事故…となるはずが、
真下の空間、ビルの出入り口にあたる位置に立っていた二人の少年たちが、
「はいっ。」
「おっとっと。」
見事に凶悪犯な大人二人をそれぞれ受け止めておいで。
急な対応だっただけに消防署から救助用のマットを用意させるにも時間がなくて。
そこでと、社の誇る力自慢の少年たち二人に、
何か落ちてくるかもしれないから受け止めてあげてねと打ち合わせをしてあった。
「二人とも上出来だよ〜、放心してる間に軍警へ引き渡してやりなさい。」
逆さ吊りというややこしい恰好で、頭上からねぎらいの声を降らせる先輩さんへ、
片やは無邪気に、片やはやや引きつった笑顔を返し、
言われたとおりの対処を取るべく、大人の皆さんが駆け寄ってくる方へと足を運んで。
「さてさて。」
ややこしい秘密兵器で逆さまになったままな太宰の方も、戻りますかと腹筋に力を籠めかかったが、
そんな鼻先、空中へ、ぬっと現れた黒い異形の影一つ。
赤い閃光を帯電させたそれは、ようよう見れば何か動物を模したような生き物に見えなくもなく。
その口の部分へ堅結びしたロープの端を咥えておいでで、
太宰が自分の足元側へ開いた手のうえへ、それをポトリと落とした辺り、よく躾けられて…
“…じゃあなくて。”
黒い異獣はその身が綱のように長く伸びており。
それを辿るようにして きょろきょろと辺りを見回せば、
数メートルほど先の別のビルの上、黒い外套をまとった人影が視野へと収まる。
おおおとついつい口許がほころんだが、まずはと届いたロープを引いて強さを確かめ、
ぐいとそのまま強く引っ張れば、
片やの端が配管の丈夫なところへくくられてあったか、体勢を戻す格好で楽々と元の屋上へ戻れて。
じたばたしないで済んだ幸い、それより何より、
こんなところで奇遇にも可愛いあの子に逢えた幸いへ、
無事だったよありがとうと大きく手を振れば。
蓬髪のお兄さんの意思は通じたか、含羞み屋さんの青年もちょっとだけ手を上げると
だがだが、そのままビルの奥へと姿を退かせた。
太宰の立つビルの足元には軍警も駆けつけており、
そんなところでポートマフィアの自分が関与しているところを見られてはまずかろうとでも思ったか。
“行き届いてるねぇ。”
これは帰ったらありがとうの抱擁だな、
ああでも、今日って定時に帰ってくる芥川くんなのかなと、
まだ午前中だってのにそんなところに思考が向いてる。
時計が、じゃなくて時間が気になって落ち着かなかった敦くんといい勝負。
彼らにすれば大したことはない級の活劇だったが、
思わぬおまけがついて来た、
いわゆる 春の珍事でございました。
◇◇
乱歩さんが怪訝そうなお顔になったのは、
この騒動、東京で起きた大がかりな窃盗事件の主犯かかわりの案件ではなく、
現地で案内役や物品確保を手伝ったクチの小悪党らが、
駄賃代わりに得た宝石を捌いただけという顛末だったようで。
ただ、問題のルビーだけは彼らが勝手にくすねた代物、
装飾品としてでなく、科学方面の素材として注目されていたのだそうで。
買い手探しに情報を洩らしていたところ、逆に大元の主犯グループに嗅ぎつけられて、
ヨコハマから逃げ出す算段を固めていたところだったそうで。
「そういえば、約束があったんじゃないか?敦くん。」
一件落着だと社に戻りかけた一団だったが、
そんな中、太宰が傍らへ戻って来た少年へそんな声を掛ける。
時刻は微妙にまだ正午ではなかったが、
あと十数分という頃合いは前倒しにしても罪はないレベルじゃなかろうか。
理想と規則にうるさい誰かさんも
重要な位置にて活躍を決めた敦くんだったのを評価したものか、
「そういえば人と会うとか言っていたな。」
待ち合わせに遅れるのは一番の失礼と大きく頷き、
早く支度をして帰りなさいと勧めてくれて。
途端に ぱぁっと喜色満面な様子になった辺り、
これはやっぱりいい人との逢瀬なんだわと、事務の皆様がこっそり沸く中、
鼻の頭にちょっぴり砂埃をつけてたの、ハンカチでサササッと拭ってくれた太宰さん。
身をかがめていたのを戻すその陰で、
「中也によろしくね。」
こっそり囁いて、何でそれを…っと少年を真っ赤に茹でさせた悪戯、
やはりやはり忘れなかったのでありました。
to be continued. (17.04.05.〜)
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*あまりにヘタレだった太宰さんが気の毒で、
ちょっとだけ見せ場をvv
何なら直接手を貸してあげたかったかもしれぬ誰かさんでしたが、
そこまでやってはキリがありませんしね。
長らくお待たせしましたの
敦くんの恋路の行方は次の章からですvv

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